我慢できることと、我慢して付き合い続けることは別だった
子どもへの申し訳なさは残っている。それでも、この選択を後悔はしてない。
息子が0歳の頃からの付き合いだったママ友Aと、縁を切りました。
3年ほどの付き合いでした。
ほかにも仲の良いママ友がいて、3〜4組で遊ぶことも多かったので、簡単には離れられませんでした。
子ども同士も仲が良かったから、
私は小さな違和感があっても、
「考えすぎかな」と思うようにしていました。
でも今振り返ると、違和感は最初の頃からずっとありました。
励まされているはずなのに、引っかかった
息子は、寝返りもハイハイも遅い子でした。
寝返りは10ヶ月を越えてから、ハイハイができるようになったのは1歳前でした。
私はその子なりのペースがあると思っていたので、そこまで心配はしていませんでした。
もちろん、周りの子が寝返りやハイハイをする姿を見れば、
「うちの子の寝返りは、いつ見られるかな」と思うことはありました。
そんなとき、ママ友Aは言いました。
「まだ寝返りできないもんねぇ〜でも気にしなくていいと思うよ。
うちの子はめっちゃ早かったけど、人それぞれだからね〜」
一見すると、励ましてくれているように聞こえます。
でも私は、どこか見下されているように感じました。
別のママ友は、
「もしかして悩んでる?」
と、本当に心配して声をかけてくれました。
言葉の内容だけではうまく説明ができないのですが、伝わってくるものは全く違いました。
私は昔から、人との距離感をつかむのが得意ではありません。
違和感があっても、自分の感覚より相手を優先してしまいます。
「悪く受け取りすぎたのかもしれない」
「そんなつもりで言ったんじゃないかもしれない」
そうやって、引っかかった気持ちを自分の中で処理していました。
いつも比べられているように感じた
ママ友Aが車を出してくれたとき、
私は、「いつも車を出してくれてありがとうね」とお礼を言いました。
彼女から返ってきた言葉は、
「じゃあ、お宅の息子とうちの子、お揃いの服を作ってくれたらいいねん」
遠出したときの駐車場代などは、ガソリン代の代わりとして私が払っていました。
だから余計に、その一言に引っかかりました。
ある日、私と別のママ友親子で遊んでいる写真を、Instagramのストーリーに載せました。
するとママ友Aは、その日一緒に遊んでいた別のママ友へ、
「りくママの子、小さいね」
とDMを送っていました。
「また、こんなこと言ってきて……」
別のママ友は呆れた様子で、そのDMを私に見せてくれました。
今思えば、ママ友Aは、人と人を比べる話がとても多い人でした。
私が息子のイヤイヤ期で悩んでいたときも、
「うちに比べたら大したことないよ」
「○○ちゃんも、りくママのところはイヤイヤ大したことないって言ってたよ」
「うちの子と違って、りくママの子は軽いね」
体重は1キロしか変わりません。
相談しても返ってくるのは、共感ではなく比較でした。
私が何かに悩んでいると、
「うちのほうが大変」
「りくママのところは大したことない」という話になってしまう。
遅刻したのは私ではないのに
彼女の都合が優先されていると強く感じたのが、予約制の電車に乗りに行った日のことです。
その電車は、遅れたら乗れません。
事前に「この時間には着こうね」と話していました。
それでもママ友Aは遅刻しました。
電車に間に合わせるため、私たちはタクシーを使うことになりました。
タクシーを使ったこと自体は仕方ありません。
でも、その代金は当然のように折半でした。
遅刻したのは、私ではありません。
昼食も、「現地の有名なお店で食べよう」と話していました。
ところが当日、
「うちの子、私の作ったお弁当しか食べないから、店内では食べられへん。
テイクアウトにしてお花見しながら食べよう」と言われました。
結局、私たちも外で食べることになりました。
息子はAの子と外を走り回るのが楽しくてご飯はそっちのけ。
ポテトすら食べません。
入ってはいけない植え込みに入ったり、川に近づいたり……
私も追いかけながらご飯を食べていたので味は全くわかりませんでした。
ここまででも、正直かなり限界でした。
それでも子ども同士は仲が良かったので、
「私が我慢すればいい」と思っていました。
最後は、レジスターのおもちゃだった
最後のきっかけになったのは、レジスターのおもちゃでした。
ママ友Aの家へ遊びに行ったとき、息子がそのレジスターを借りて遊んでいました。
翌朝、ママ友AからLINEが届きました。
「りくママの息子くん、うちのレジスターに何かした?」
「お札が吸い込まれなくなって」
「お札が……😭」
お札が吸い込まれなくなったことを、何度も送ってきました。
(この人は何が言いたいんだろう?私に何を求めているんだろう?)
私は「もし、うちの子が何かしたなら、私に言ってくると思うけど」と返しました。
すると、返信が止まりました。
しばらくして届いたのは、「分解したら直った」という連絡でした。
さらに「りくママの息子くんがお札出てこないって言ってたけど、簡単に直ると思って相手してなかった」と言われました。
その瞬間、「もう無理だ」と思いました。
息子が壊したという証拠はありません。
壊れていたのかどうかすら、分かりません。
それなのに最初から、私たちを疑っているように感じました。
これまで積み重なっていた違和感が、その一件で一気にあふれました。
我慢できることと、付き合い続けることは別だった
正直、我慢しろと言われたら、私は我慢できます。
毒親育ちなので、我慢することには慣れています。
嫌なことがあっても、
「私が気にしすぎているのかもしれない」
「相手にも事情があるのかもしれない」
そうやって限界を超えても、まだ我慢できる理由を探します。
でも我慢できることと、我慢してまで付き合い続けることは別でした。
別のママ友たちにも相談しました。
すると、みんな口をそろえて、
「もっと早く縁を切ればよかったのに」と言いました。
「ママ友なら私がいるじゃない」と言ってくれた人もいました。
その言葉に背中を押されたのも事実です。
子どものことを考えると、この選択が正しかったのかは今でも分かりません。
子ども同士は仲が良かったからです。
私の判断で会えなくなったことに、申し訳なさもあります。
それでもこの選択を後悔してはいません。
違和感を覚えた私が大げさだったとも思いません。
3年間、本当によく我慢した。
今は、そう思っています。



子供同士とママ同士の相性って別ですよね🥹!!
小さなモヤモヤが積み重なってしまうのわかります😭りくママさん子供の楽しい環境のために3年も我慢して偉すぎる、、!!!
小学生にもなれば子供だけで遊べるので、ママ友はそんなに気にならなくなりますよ(*´꒳`*)✨
めっちゃ頑張ったな✧*。
子供への愛がいっぱいやね
( ◍•㉦•◍ )♡
でも子供は友達より
ママが大切やから
これからはもっと
自分大事にしてな
そしたらこーゆー人
消えてくから(♥ó㉨ò)ノ︎✿
(ᴗ͈ˬᴗ͈)❤︎オジャマシマシタ︎✿︎