※この記事には、毒親育ちや虐待に関する重たい内容が含まれます。
しんどくなりそうな方は、無理せず閉じてくださいね。
中学校の卒業文集に、
「地球が滅びても生きていそうな人ランキング」というページがありました。
私は、その1位でした。
今の私なら「そんな生命力ありそうに見える?」なんて笑い話にできたと思います。
でも、当時は違いました。
学校も家も、安心できなかった
その頃の私は、学校ではいじめられ、家では母から暴力を受ける毎日でした。
殴られることも、蹴られることもありました。
学校から帰ると大切にしていた漫画がゴミ袋に詰められていたこともあります。
机の引き出しの中身は床にぶちまけられて、
友達からもらった手紙も全て広げられていました。
「見たから!」
そう言われているような気がしました。
その光景を見て、立ち尽くす私に母は言いました。
「こんなの優しい方なんだから」
「お母さんは、おばあちゃんからもっとひどいことをされてた」
「勉強もしないで漫画ばっかり読んで。なんでそんなに馬鹿なの?」
母が祖母からどれだけひどい目に遭っていたとしても、それは私への暴力を正当化する理由にはなりません。
いくら親でも、ここまでするのは普通じゃない。
母から祖母の話を聞いて、私にとっては優しかった祖母も母と同じように異常な人だったんだなと思いました。
学校ではいじめられ、同級生の視線を気にして過ごす。
家に帰れば、今度は母の目を気にしなければならない。
学校にも家にも安心して過ごせる場所はありませんでした。
生きていたくなかった私が、1位だった
当時の私は本気で毎日
「早くこの世界からいなくなりたい」と思っていました。
そんな私が卒業文集では地球が滅びても生きていそうな人の1位でした。
深い意味はなかったのかもしれません。
でも私にはそれもいじめの延長のように感じられました。
地球が滅びても生きていそう。
何をされても平気そう。
しぶとそう。
当時の私には、そんなふうに言われているように思えました。
卒業文集は友人の家で芋と一緒に燃やしました。
手元に残したいとは思えませんでした。
あの頃から強かったわけではない
今ならこの話も笑いながら話せます。
『なんやかんや言うて、みんな私のことよぅ見てくれてたやん』とネタにもできます。
でも、当時からこんなふうに笑い飛ばせていたわけではありません。
あの頃の私は人の何気ない一言にも傷つく、ごく普通の子どもでした。
学校で傷ついても、家へ帰れば母がいる。
家で傷ついても、逃げる場所はない。
誰にも言えず毎日をやり過ごしていました。
今の私を知っている人からは、
「打たれ強そう」
「何があっても平気そう」と思われることがあります。
確かに今は、昔よりも簡単には折れなくなりました。
でも、生まれつき強かったわけではありません。
何をされても平気だったわけでもありません。
そうならなければ生きてこられなかった。
私が打たれ強そうに見えるのには、ちゃんと理由があります。
その話は、次の記事で書こうと思います。



りくママさん、読ませていただきました。
なんて壮絶な...
学校でも家でも安心できる場所がなかったというのは、本当に苦しかったと思います。
「地球が滅びても生きていそうな人」
今なら笑いに変えられる言葉でも、
当時のりくママさんにとっては、
いじめの延長のように感じられたというのが胸に残りました。
今のりくママさんが強く見えるのは、
最初から平気だったからではなく、
そうならないと生きてこられなかったから。
この言葉、とても重みがありますね。
子どもが安心できるはずの場所で傷つけられる重さに、昔読んだ「Itと呼ばれた子」を少し思い出しました。
続きを読むのも簡単な気持ちではないですが、
りくママさんが今こうして言葉にできていること自体に、すごく大きな意味があるように感じました。