「やめて」と言う前に
傷ではなく、苦しさを見てほしかった
※家庭環境や毒親・自傷に関する内容を書いています。
しんどくなりやすい方は、無理のないタイミングで読んでください。
Threadsを見ていると、自傷行為に悩む親御さんの投稿をよく見かけます。
今の私は親です。
だから、自分の子どもがそんなことをしていたら悲しいです。
親なら当然、やめてほしいと思うでしょう。
でも、昔、自傷していた側だった私は、その投稿を見ながら昔の自分を思い出しました。
私も親に「やめて」と何度も言われました。
でも、やめませんでした。
だから、「何度言ってもやめてくれない」という親御さんの気持ちも分かるし、
「やめて」と言われてもやめられなかった子どもの気持ちも分かります。
私の親は、こんなことを言っていました。
「そんな傷、よその人に見られたら家の恥だからやめて。」
「おばあちゃんに見つかったら、お父さんとお母さんが何て言われるか分からない。」
「親からもらった体に傷をつけるな。」
「きれいに産んであげたのに。」
「こんなにもよくしてあげてるのに。」
そして、
「どうしてそんなことをするの?」とも聞かれました。
でも、その言葉の中に、私を心配する気持ちは感じませんでした。
私には、
「どうして親を困らせるの。」
「どうして家の恥になるようなことをするの。」
そう責められているようにしか聞こえなかったのです。
今振り返ると、親の中にあったのは私の苦しさではなく、自分たちの立場や世間体だったように思います。
だから私は、やめませんでした。
今思えば、親への当てつけのような気持ちもあったと思います。
じゃあ、どんな言葉をかけられたらやめられたのか。
正直、それは今でも分かりません。
「この一言があればやめられた。」
そんな簡単な話ではありません。
昔付き合っていた人に、
「そんなことするくらいなら俺の腕を切れ。」と冗談交じりに言われたことがありました。
もちろん、それが正解だとも思いません。
今でも時々考えます。
あの頃の私は、何て言ってほしかったんだろう。
どうしてほしかったんだろう。
でも、答えは出ません。
思い出せないのです。
ただ、一つだけ分かることがあります。
「やめて。」と言われても、私には届きませんでした。
なぜなら、その言葉の前に、
私の苦しさを知ろうとしてくれた記憶がなかったからです。
だから今、Threadsで悩んでいる親御さんの投稿を見るたびに思います。
「やめて。」と言いたくなる気持ちは、とてもよく分かります。
私も親だからです。
でも、その前に、
子どもは何に苦しんでいるのか、何を抱えているのか。
そこへ目を向けることも、同じくらい大切なのではないかと思っています。
もちろん、自傷をする理由は人それぞれです。
必要な言葉も違います。
だからこれが正解だと言うつもりはありません。
これは、昔自傷していた一人の人間が、今振り返って思うことです。
今は私も親です。
自分を傷つける子どもを見て「やめて」と言いたくなる気持ちは痛いほど分かります。
でも、もしあの頃の私に会うなら、私は「やめて」とは言いません。
「どした?」
それだけ聞いて、あとは話したくなるまで待ちます。
否定も、無理に聞き出そうともしません。
「痛かったやろ。」
そのくらいしか言えないと思います。
それで何か変わるのか、
あの頃の私が救われるのか、それは分かりません。
でも少なくとも「やめて。」と言われるよりは、
心に入っていくんじゃないかと思うのです。


